やったことだけ形になる。

今日は、現場仕事が延期だったので、床下作業の続きをする。と言っても9時近くから、段取り悪く昼過ぎまで。やっと半分までベニヤを張った。

途中、脚立から足を踏み外して後頭部を若干打ったが、逆に頭のボケが減り空腹も忘れ、作業を続けられた。

遅い昼飯を食べて、図書館で暫し読書する。

山折哲雄編著「「林住期」を生きる」。

新潟の娘から結婚のお祝いのお返しに、日本酒の詰め合わせが送られてきた。

早速一つ戴いた。「笹祝」美味しい日本酒だった。

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今日は午前中、しおのみんなの家の入り口の上の部屋の床下作業をした。

断熱材は少し前に、新潟から娘が来て一緒にはめ込んだが、そのあとが進まず、今日数時間何枚かのベニヤを木ネジで取り付けた。

今回の放送大学の面接授業のレポート提出は、しないことにした。使う時間と考える優先順位からの結論だった。

学びの仕方もなかなか難しい。

関東行脚

先週15日水曜日から、関東地方 (前橋、大宮、茗荷谷高田馬場駒込秋葉原)に行ってきた。こちらに戻ったのは、19日日曜日だった。

現代の行脚であるため自動車と電車が主であったが、これが徒歩であったら1ヶ月くらいは必要な行程になるのかもしれない。

埼玉での放送大学面接授業、前橋でのお墓見学、東京での哲学カフェ参加が主な内容であった。

対話する場の乏しさや対話出来ない状況から抜け出る方法が、哲学カフェにあるのか?

もちろん足を踏み出すのはまずは自分であるのだろうが。

知見のある講師の講義や他者との対話は、考える手がかりや、新たな問いを見つける機会になる。

そこからまた考えるのは、ひとりでの営みになっていくのだろう。

今回は、「寄り添う」、「自己実現」、「生きる意味」などが大きなキーワードであった。

ここ数日のこと

なかなか構えて考えてしまうと何も書けなくなる。

ブログを読む人は様々で、使われ方も様々なわけだ。

このブログではないが、以前嫌な体験があるので、無防備に書いていくことにはこの頃躊躇する気持ちがある。

防備しながら、伝えるべきこと、文字にしていくことができたらよいのだが。

と前書きした上で、ここ数日のこと…。

15日(金)午後から17日(日)まで仕事(業務)は無く、連続して3つの哲学カフェに参加した。

ファシリテーターによって進行の仕方など異なってくるあたりを、テーマとその展開の仕方とともに意識して体験してみた。もちろん自分も一参加者として。

それから、参加者の発言がどのように文字化され、また対話の展開の中で関連付けされていくのかを、意識して気にかけてみようと思った。

これはファシリテーショングラフィックという手法だということだが、今回参加した会ではそんなに文字化、グラフィック化はしなかった。ただ自分は出来るだけノートに文字化することをやってみた。

ともあれ、対話することを求めてこのような場に(自分も含めて)集まる人がいるということだろうか。

今年の夏は蒸し暑い

今住んでいる浅間山南麓標高800メートルほどのところでも、今年は暑い。

特に今年ほど蒸し暑さを感じた年はなかった。

もっとも、昨日今日は断続的に雨が降り続きだいぶ涼しかった。

今日は仕事で軽井沢追分まで行ったが、車の窓ガラスを開けていると半袖だと少し肌寒い。

御代田町にあるシェアハウス、しおのみんなの家に明日宿泊者が来るので 午後から布団部屋を片付け始めたところ、畳や布団にカビが発生していた。

今年の夏の蒸し暑さに部屋を閉めきっていたせいだ。

そのためだけではないが、同居人は月の半分は東京に行っているので、自分も移住頻度を高くしたほうがいいのだろう。

ジャガイモを収穫した。

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5メートル×3畝ほどのジャガイモの1畝を掘った。夕方30分ほどの作業。10キロ以上は獲れた。

町民農園は今年のささやかな楽しみになっている。

無理せず、少しの時間ひとりになれる。

明日はまた収穫の続きと大根の種まきをしよう。

9日(日)哲学カフェに参加した。

波止場カフェという哲学カフェに初参加した。参加者は老若男女バランスよく8名であった。

テーマは「取引について」。ネットを利用しての個人売買から始まった対話は、人の活動を「取引」という言葉で見ることで、人がそれぞれ何を求めての生きているのか…というところに向かっていった。(ように思った。)

対話での発言を文字化する作業については、それまでは文字化と特に範疇分けが恣意的にされる印象がありそのやり方を疑問視していたところがあったが、ここでは意味を丁寧に確認しながら、発言の時系列に添って箇条書きするというや

り方であった。

一人一人の思考や想像力に安易に踏み込まないこのやり方はファシリテートの重要な要素になっている。学んでいきたいところだ。